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2009.02.21 (Sat)

古田敦也トークショーin関ヶ原

前東京ヤクルトスワローズ兼任監督の古田敦也氏(44歳)のトークショーが、岡島トーヨー住器関ヶ原本社のある関ヶ原ふれあいセンターで20日行われ見てきました。
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関ヶ原町80周年の記念事業のイベントでチケットの前売りは3日で完売の凄い人気でした。

会場は立ち見席も一杯で500名程のお客様でした。
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外は小雪が降る寒い日でしたが、私は事前に購入していたチケットで社員4名と会場内へ

【More・・・】

古田敦也氏はヤクルトに入団して一流プレーヤーになり有名になりましたが、野球を始めたきっかけは父親の勧めとの事でいた。
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父親は柔道や相撲をやっていて苦しい練習をしたけれど一銭にもならないから、お金を取れるかも知れない野球をやれと言われ不純な動機で始めたようです。

高校進学時には私立校からも誘いがあったものの、自宅に近い公立の兵庫県立川西明峰高等学校に進学したが、高校を午後5時30分までに下校しないといけなく、下校していないと部員がいると休部させらえる程生活に厳しい学校だったようで、部活の練習が厳しいと言う内容ではなかったとの事です。
そんな関係で高校3年間はほぼ無名の存在だったとの事です。

大学は関西大学の他、立命館大学の一般入試を受験し、どちらも合格。
志望していた関大へ進むことを決め、断るつもりで立命大に挨拶に出向いたところ、古田氏を勧誘していた立命大野球部の中尾監督に「良く来てくれた!」と喜ばれ、京都での接待を受けて京都を気に入り立命大に入学したとの事です。

大学卒業時にプロ野球の某球団からにドラフト1位か2位で指名すると、挨拶の電話があって待っていたが指名されず悔しい思いをしたとの事です。
母親も近所に振る舞い酒等を用意してまっていたのに淋しい1日だったとの事です。
電話を入れてきた球団は日曜日に「渇」と言っている親分の球団。

当時プロ野球には例の無いメガネを掛けた捕手だったので、大学卒業時に指名を回避された原因だったのかも知れないとの事でした。

そして、社会人のトヨタ自動車に入社し反骨精神で必ず見返してプロ野球人になると頑張ったとの事です。

そして、2年後にヤクルトから2位指名でされたが、母親はトヨタ自動車は良い会社だから考えやと言われたが、ヤクルトに入団する事に決めたとの事です。

プロ野球に入るほとんどの選手は高校時代から注目されている選手が多い中、無名でも後に素晴らしい選手になった数少ない選手でした。

少年野球をやっている子供にも今は駄目でもどこで人生がどう変わるか分からないので、あきらめないでほしいと熱いメッセージでした。

野村監督とのID野球のエピソード等、古田氏の人間味あふれる楽しいトークショーでした。

***PS***
メガネはメガネ屋さんとの契約もありNEWモデルをいただく事もあり、150個~200個持っているとの事でした。

古田氏のプロフィールはこちらへ
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